今日、帰り道になんとなく月が目に入って、すごく明るくて、まん丸くて、柄にもなく「きれいだな」とか思ったりしたんですよ。
思ってから、なんか恥ずかしくなっちゃって。
というのも、わりと僕、今までTwitterとかで「今日の月がきれい」みたいな呟き見たりすると、腹が立つとまでは言わないんですけど、なんか気障ったらしくて少し勘にさわっちゃうみたいなところがあって。
別にそういうこと言うのが悪いとも思わないんです。でも、自分の気分が沈んでるときとかだと、「わざわざそんなこと言って、自分は情緒ある側の人間ですよーってアピールでもしたいのかな」とか、考えたりすることもあったりなかったり。悪いのは僕の性格だけですね、ごめんなさい。
そんな僕が今日、きれいな月を見て、なんとなく感動しちゃったりして、誰かに言いたくなって、特に言う相手も思いつかなくて、Twitterに呟こうかなとか考えてしまって、まあ恥ずかしくて呟かなかったんですけど。
そんな今日も、やっぱりTwitterのタイムラインには「月がきれい」って呟きがちらほらあったんですよ。
でも、不思議と今日の僕は不快に感じることもなく、むしろ「わかるなあ」とか共感しちゃう始末。
やっぱり、何が良いとか感動するとか、結局自分でたどり着いたかどうかなんだと思います。
音楽もやっぱり同じで、いくら皆が口を揃えて「これは良い!」と言ってたって、自分で良いってことに気づかないと、良いもの足り得ないんじゃないかなと。
たとえば人からすごい勢いで「このバンドいいよ!」と勧められても、こっちが適当に聴いたら全然耳には入ってこなかったり、逆にふと街中で流れたそのバンドの曲がそのときの気分と相まって、すごく良いってことに後から気づいたり。
そういうことを繰り返して好きじゃなかったものをなんかのきっかけで好きになったり、ときには嫌いなものや人を受け入れられるようになったりするんだろうなあ、とか考えたりした、なんだかセンチメンタルではあるんだけど、「暮らしは良くはならない。髪でも切りにいこうぜ!」くらいのほんの少しの前向きさも携えた悪くない日でした今日は。
では。